「セラピストの学校」は、セラピスト一人一人のセラピストライフをサポートする場
セラピストのスタイル。今までその形は限られていました。
身につけたセラピー技術をサロンという箱の中で提供するなど。しかし今はそのスタイルだけではありません。
時には自ら足を運びお客さまと出会い、これまで想定していなかった場面や人にセラピーを施す。
実はセラピストが想像している以上に。お客さまは広がりセラピーが求められるシーンは変化発展しています。
しかし多くの個人や小規模サロンのセラピストの日々は、どんなことも1人で常に決めなければなりません。
相談する相手も、また自分の想いを聞いてくれる相手も多くはいません。
新しいことを学ぶ機会も、情報交換をする機会も少なくなる傾向にあります。
そうした個人セラピストたちが、安心して自分の道を歩むための「学びと出会いの場」。
それが「セラピストの学校」です。
学びと出会いの機会、情報を惜しみなく提供します。
「セラピストの学校」は、1人ひとりのセラピストが、目の前のクライエントと日々真摯に向き合いながらも、常に数年先を見据えた豊かなセラピストライフを自ら生み出すことのお手伝いをします。
セラピストの学校が提供する3つの「場」
学びの場 新たな学びへの能動的アクションを後押し!
| 教え合う場 同じ目線の仲間たちと情報交換しよう!
| 出会いの場 仲間と出会い、高め合おう!
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セラピストの学校は、20年近くセラピスト業界に携わってきた私がセラピストたちと関わる中で、『こんなセラピストたちの集まりがあったらいいのに』という想いから生み出されたものです。
個人や小規模でのセラピスト活動は、クライエントとの密な関係性を構築できると共に常に一人で決めていかなければならない緊張感や孤独との戦いでもあります。
セラピストの学校はセラピストとして誇りを抱きつつも時に戸惑いや葛藤の中で歩みを続けるセラピストたちに、惜しみなく情報や出会い、学びや機会の場を提供します。
セラピストであるあなたは目の前のクライエントに日々真摯に向き合いながら。数年先を常にみれる豊かなセラピストライフを自ら生み出すことが可能なのです。
すべてはクライエントのために。
一人ひとりがかかりつけのセラピストを持てる社会としたい。
セラピストの学校 校長 谷口晋一
3年後を描けるセラピストだけが生き残れる
セラピストが、将来にわたってプロフェッショナルとして、目の前のクライエントに真摯に向き合うために必要なことはなんでしょう?
それは、キャリアやジャンル、スタイル、地域にとらわれない自律的な学びと実践です。
今や「これさえすれば、うまくいく」といった硬直した発想では、クライエント1人ひとりの多様なニーズに対して、応えることができなくなっています。
そのような発想では、プロフェッショナルなセラピストとして、これから先、歩みを進められなくなってしまうでしょう。
社会や時代の流れに合わせて、セラピストを取り巻く環境は刻々と変化していきます。
今後、クライエントがセラピストに求めるものは、ますます多様化していくでしょう。
このレポートでは、セラピストの業界サイクルにある、3つのステージについて、お話しします。
時代の流れを把握するとともに、自分の“現在地”を確認し、各自で今後のセラピストライフについて考えましょう。
セラピスト業界ステージ
■ セラピスト業界サイクル
セラピスト業界の始まり。第一揺籃期(1982年頃から89年頃)
第一揺籃期は、今から30年以上前の1980年代。この頃の日本は高度経済成長期であり、セラピストを取り巻く環境は現代の日本とは全く違っていました。
この頃、自ら海外に渡り、世界各地に伝わる民間療法手技や自然の力を活用した知識を学ぼうとする個人や小規模事業者が現れます。
この存在こそが、日本のセラピスト業界のフロントランナーとなりました。
この時期はセラピスト業界にとって、発展する前段階であり、いわばゆりかごに揺られている揺籃期でした。
成長期への移行期(1990年頃から93年頃)
この時期、日本にとって大きな転換期が訪れます。それがバブルの崩壊です。
今まで順風だった日本の経済活動に暗雲が垂れ込み始めました。
セラピスト業界の発展と成長。第一成長期(1993年頃から2004年ころ)
バブルの崩壊後の社会的な変化として、就職氷河期、リストラ等雇用に関する問題が起こりました。
そのような雇用不安を背景に、独立開業に関するブームがやってきます。
癒しブームに繋がる大きな出来事
1995年は日本にとってとても大きな出来事が2つ起こります。
それは関西地方を襲った大きな地震と、国内でのテロです。
これらはその後の癒しブームに繋がる大きな出来事となりました。
第一成熟期への移行(2004年頃から07年頃)
この頃になると、大手スクールやサロンも増え、需要(クライエント数)と供給(セラピストやサロン数など)のバランスが徐々に崩れ始めてきます。
その結果として、大手資本のサロンやセッションルームで働くことを卒業し、独立開業するセラピストが増えてきます。
第一成熟期(2008年頃から2015年頃)
セラピスト総数、サロンやセッションルームの数、大手スクールの数が増加する中、2008年から09年にかけて起こった世界的な金融危機が、日本のセラピスト業界にも影響を大きく及ぼします。
一方、ホームサロンや個人サロンなどで活動するセラピストたちにとっては、世界的な金融危機の影響は軽微であり、法人や個人への出張スタイルや、他業界とのコラボレーションなど、フットワークの良さを活かして、たくましく活動範囲を広げていきました。
クライエントにとってのパラダイムシフト
第1成熟期の期間には、日本にとって大きな出来事が起こりました。
それが2011年に起きた東北を中心とした大きな地震と、それに伴う未曾有の惨事です。
こうした背景があったことで、クライエントの選択行動が、メディア等での話題性や、人からの紹介で利用するというパターンから、本当に自分にとって必要なセラピーを自ら探すという発想から行動するというパターンに転換(パラダイムシフト)されたのです。
第二揺籃期への移行期(2016年頃から)
2016年ごろから2018年にかけては、第二揺籃期に向けての移行期にあると私は考えています。
セラピージャンルを超えた個人セラピスト同士のつながりによって、コラボレーションや他業界への協働活動の範囲を広げる流れも見られます。
第二揺籃期はいつ頃から?
今後数年の内に起こりうる様々な社会的な出来事を考えておくと、第二揺籃期になるタイミングなどが予測できます。
セラピストにはライフサイクルと変化のポイントがある
セラピストには、「ライフサイクル」というべきものがあります。
このサイクルには、3つのステージと、各ステージの間にターニングポイントが存在します。
こうしたセラピストライフサイクルを考えることで、今後2〜3年の中長期を見据えて、これからすべきことを自らが見定めていくことができます。
このような発想は、将来に役立つだけでなく、日々の活動にも生かされていきます。
目の前のクライエントに対して、望むものを適切に、ときには望んだ以上のものを提案できる力を養うことにつながるのです。
それこそがプロフェッショナルなセラピストであり、今後求められるセラピスト像です。
セラピストライフサイクル
個人セラピストが活動を続けていく過程には、大きく3つのステージがあります。
それは、ランエリア、ブレイクエリア、フライエリアです。
そして、各ステージへの移行には、それぞれ変化のポイントがあります。
これらのステージやポイントにどう向き合うべきか? どの方向に向かうべきなのかが課題になります。
■ セラピストライフサイクルの波図
ランエリア(期間の目安:1年から3年)
ランエリアは、セラピストとしての活動を始める、最初のステージです。
各々にセラピストになろうと志すきっかけとなる最初のスターティングポイントがあり、セラピストとなるべく、何らかのセラピー技術の習得(資格取得など)を経て、肩書としてセラピストを名乗って活動を始める時期です。
ターニングポイント(期間の目安:3ヶ月から1年)
ランエリアから次のブレイクエリアに移行するきっかけとなるのが、ターニングポイントの期間です。
この時期は、一瞬ではなく、数ヶ月から1年ほどの期間をかけてブレイクエリアに進んでいくケースが多いのも特徴です。
ブレイクエリア(1年から3年)
ランエリアからターニングポイントとなる出来事を経て、多くのセラピストたちはブレイクエリアに移行します。
このステージでは、新規のクライエントからリピーターになる方も増え、あわせて今までのクライエントへの対応も含め、とても忙しい日々を過ごすことになります。
ティッピングポイント
ティッピングポイントというのは「小さな出来事が重なり、臨界点となること」です。
ブレイクエリアは、このティッピングポイントがおとずれやすいステージです。
こうした状況に置かれることで、セラピストは今までの状態を続けていても望むキャリアは描けないことに気づきます。
フライエリア
臨界点(ティッピングポイント)を乗り越えた後のステージを、フライエリアといいます。
ここでは、既存のクライアントと深い関係性を保ち、セラピストとしての軸を持って自分らしいスタイルを構築していきます。
本当に必要とされることをぶらさないスタイルやメソッド、あるいはメニューの構築に注力するセラピストが増えるのも、フライエリアの特徴です。
新たなスターティングポイント
フライエリアを経て、そこからまた新たなステージに向かうケースがあります。
これは新たなスターティングポイントです。
セラピストライフサイクルをベースにセラピスト本人が選択していく時代に
人生100年時代と言われて久しい中で、一人ひとりが自らのキャリアプランを構築していくことは、いまや社会に生きるためには必須なのではないでしょうか。
個人セラピストもキャリアプランを視野に入れつつ、自らの活動を選択し、決断してくことが、今後ますます求められていくと私は考えています。
その際に、セラピストライフサイクルを意識することは、自分自身が今どのステージにいるのかを知り、それぞれのステージにおける自らの姿を俯瞰する手助けになります。
俯瞰した視点を持つことで、今後の社会の変化や、起こりうるさまざまな出来事に対しても、しなやかに対応できるようになるはずです。
これからのセラピストには
自分らしさを見失わず、クライエントから求められるセラピストであり続けるために大切なこと。
それは、大きな変化の前に起こる出来事──ターニングポイント、ティッピングポイント、スターティングポイントを見極め、乗り越え、取り入れることです。
そして、自分らしいセラピストライフを生み出し、自ら選択した道を歩み、長く将来に渡ってセラピストであることこそが重要です。
すでに述べたように、今の日本のセラピスト業界は、第二揺籃期に向けての移行期であると、私は考えます。
この移行期では、今後待ち受ける第二揺籃期に向けてセラピスト一人一人が、どの方向に向かうかを自分自身で決めていかなくてはなりません。
この事から、セラピストライフは、2〜3年後といった長いスパンで考えるべきなのです。
セラピストの皆さんには、目先のことだけにとらわれず、自分がセラピストとしてどのような人生を歩んでいくのかを中長期的に認識した上で歩みを進めて欲しいと思います。
※セラピストライフサイクルについての具体的事例や詳細は、今後、会報誌にて随時レポートしていく予定です。