5月に入り。
新緑が目に飛び込み、新たなステージに臨むセラピストたちとよく出会います。
まさにその背中は、自分の可能性に期待と不安を一緒に持つ姿が表に湧き出ている様な。
そんなこともあり。
新緑の中をテクテク歩きながら、自分の中にある可能性に不安を抱きつつも期待を持ち続けるセラピストたちは、どうしてそれができるのかな?って考えていました。
少なくとも僕が出会ってきたそんなセラピストたちは。
振り返ることがあっても過去に囚われていなかったり、
ボンヤリとでもイメージしたら言葉や文字にしていたり、
またそこからの反応を楽しめていたり、根拠なき思い込みを持てていたり、
一つの出来事に一喜一憂しても、一つの喜び一つの憂いで留めていたり、
他人の持つ可能性に対しても無条件で共感できていたり。
とにかく周囲にも自分にも可能性という好奇心を持ってました。
そうそう。たとえ期待していることが叶わなかったとしても、それもまた次の可能性の種となっていたりして。
もちろん。これはこの季節に限りませんし、また若い人だけのことでありません。
ただ自然とそういう人たちが吸い寄せられるという現象はあるにはあるようです。(文責:谷口晋一)