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島香さんのセラピストライフ~自宅サロンセラピスト

2022/07/19
島香さんのセラピストライフ~自宅サロンセラピスト

 奈良県生駒郡にて、2006年より自宅サロンを営み、2013年からスクールも運営している、「バリニーズサロン&スクールbalilab(バリラボ)」の島香さんのセラピストライフを紹介します。

【育成セラピスト編】はこちら


 島さんのサロン「balilab(バリラボ)」では、インドネシア・バリ島の伝統療法を日本人向けにアレンジした「オリエンタル ジャムゥ セラピー®」などを提供しています。


 ジャムゥとは、いわばインドネシア式の植物療法で、現地では様々な自然素材を調合したハーブ飲料が日常的に親しまれているそう。


 他にも湿布、マッサージクリーム、ハーブボール、ハーブテントなど、様々な使い方をされるとのことです。


 島さんは、お客様1人ひとりの状態に合わせたジャムゥを提案し、バリニーズやヘッドスパ、フェイシャルなどの施術の中に取り入れています。


 お客様は40代後半から70代後半の女性で、9割はリピーターであり、月に1回の施術を楽しみに来店されるとのこと。


 中には、16年も通い続けている方もいて、島さんはお客様とともに日々を歩んできたそうです。


「リピーターのお客様には、毎回、“どんな1ヶ月でしたか?”と聞くことにしています。どんな嬉しいことがあったか、なにかしんどいことはあったかなど、まずはアドバイスや分析を抜きにして、お話を伺う時間を取るんですね。1ヶ月の自分のことを喋られる場所であることも、私の役目の1つなのかな、と思います」(島さん談)


 現在は、バリの香りと小物に囲まれた、こだわりのサロンで、オリジナルセラピーを活き活きと提供している島さん。


 今に至るまでの経緯を聞くと、彼女はこれまでの歩みを笑顔で語ってくれました。

施術するセラピストたちの楽しそうな姿を見て

 島さんのセラピストライフのスタートは、23歳の頃に就職したエステティックサロンだったそうです。


「気持ち良さや綺麗になって喜ぶお客様の姿を見ることが楽しかったから」と、エステティシャンを選んだ理由を教えてくれました。


 ただ当初は、島さんいわく「結婚するまでの腰掛けのつもり」で、フェイシャルエステをしていたと言います。


 しかし、しばらくしてエステティシャンとして生きることを真剣に考え始めて、「30歳になったらエステサロンを開く」という目標を思い浮かべるようになったそうです。


「エステサロンを開くには、何か資格が要るんじゃないかと思って、資格の本で調べたんです。その頃の私はよく分かってなかったから、美容師の資格が要るのかなと勝手に思って、美容室の募集を探しました。その時にエステ経験者の求人を見つけて、そこに勤めることにしました」(島さん談)


 こうして島さんは、美容室でヘッドスパやシャンプーなどを担当しながら、毎晩、カットやパーマの練習をするようになりました。


 カットは苦手だったそうですが、島さんは努力して美容師免許を取得するまでになります。


 しかし、そもそも気持ち良さを感じてもらいたくて、エステサロンを開きたかったはずの島さん。


 それなのに、いつの間にか苦手なことを仕事にしようとしている現状に、「なんでこんなことしてるんだろう」と29歳の頃に気がついて、迷いを感じたそうです。


 島さんが旅行でバリに訪れたのは、そんな頃のこと。

 バリニーズやクリームバスなどの施術の気持ち良さに、島さんは感動したそうです。


 そして、その感動と共に島さんの心に強く残ったのは、施術するセラピストたちの楽しそうな姿でした。


「私もこういう仕事がしたい」と島さんは思い、帰国後に情報を集め始めたそうです。


 ただ、その頃は、セラピストという仕事の認知度がまだまだ低かった時代。ましてやバリニーズは、知る人ぞ知る存在でした。


 それでも、偶然、島さんは東京でバリニーズセラピストの養成スクールが開かれることを知り、すぐに入校。


 泊まりがけで2週間のトレーニングを受けた後、島さんは奈良県にできたバリニーズサロンのオープニングスタッフになったとのこと。


 おそらく当時、奈良では初めてのバリニーズサロンであったはずです。


 その後、何度もバリに行って現地の技術を習得しながら、そのサロンで1年ほどセラピストとして活動した後、島さんは妊娠を機に離職。


 そして、出産後しばらくして、2006年に小さなバリニーズサロン「Lurara(ルララ)」を自宅にオープンさせました。


 実は、妊娠が分かる前に自宅を建てることになり、将来のことをイメージして、サロンスペースを作っておいたのだそうです。


 そして、2013年に、バリニーズセラピスト養成スクール「balilab(バリラボ)」開校。


 その後、サロンを現在の場所に移転させ、2017年にスクール名と統一する形でサロンの屋号を「balilab」に変更して現在に至ります。

お客様にとって“とっておきの日”

 島さんが自宅サロンをオープンさせてからの16年。

 それを振り返って、島さんは「今はもうセラピーをしない人生が想像がつかない」と笑顔で言います。


 日々のサロンワークにおいて大切にしている事を聞くと、島さんはこんな話をしてくれました。


「セラピーをすることが私にとっては日常でも、お客さんにとってはサロンの日は、“とっておきの日”だってことを絶対に忘れないように心に留めています。だから、私が体調を崩したり、メンタルが落ちたりした状態でお迎えするなんて、そんな失礼なことができないので、私は常に上機嫌でいられるようにしています。それでこそ、お客様にも機嫌良くなってもらえるし、“明日からまた頑張れる”って言ってもらえるんだと思います。今の雰囲気は、このまま継続していきたいと思っているので、勉強も続けていきたいですね」(島さん談)


 お客様に“とっておきの日”を満喫していただく。


 そのために大切な要素とは何か? 逆に、お客様をがっかりさせてしまう要素は何か?


 もちろん、サロンの雰囲気やセラピストの技術は大切な要素です。

 ただ、それらはよほど粗雑でない限り、決定的な要素にはならないように思えます。


 それらの要素よりも、さらに前提となる大切な要素として、「セラピストから滲み出る心の状態」があるのではないでしょうか。


 島さんはそれを「機嫌の良さ」と表現してくれましたが、セラピストが感じる幸福感であったり、楽しさであったり。


 そうしたセラピストの心の状態は、たとえ人生で始めてサロンに来た方であっても、なんとなく感じ取ってしまうものだろうと思います。


 島さんは、バリに行った時に、とても楽しそうに施術するバリニーズセラピストたちを見て、自分の働き方を見直したという話をしてくれました。


 きっと、その時の施術で、心の調子が上向くのを感じ、「また頑張ろう」と思えたのではないでしょうか。


 それはおそらく、彼女にとってのセラピーの原風景のようなものなのではないかと思うのです。


 その原風景を日本で再現するために、バリの雰囲気たっぷりのサロンがあり、そこにはいつも上機嫌なセラピストがいる。


 そして、その空間で日々の疲れを解放して、「明日から頑張ろう」と笑顔になるお客様の姿もそこにはあるのでしょう。


 いつも笑顔で話をする島さんを見ながら、そんな光景を思い浮かべたインタビューでした。

校長からのメッセージ

 島さんのサロン「balilab(バリラボ)」のお客様は、先に書いたように40代後半から70代後半の女性で、9割はリピーター。新規客は月に1、2人ほどなのだそうです。


 サロンにお迎えするお客様は1日2人までとして、週3、4日ほどの稼働ですが、島さんはスクールも運営しているので、施術時間の枠はリピーターでほぼ埋まる状況とのことでした。


 仕事とプライベートをバランス良く維持していて、とても安定的なサロン運営をしていることがうかがえます。


 では、島さんが16年前のサロンオープン以降、ずっと安定したサロン運営だったかといえば、実はそうではなかったことも、インタビューの中で聞くことができました。


 島さんはサロンオープン以来、いくつかのターニングポイントを迎えているようですが、この記事では3つのポイントに絞って紹介することにします。


 1つ目のターニングポイントは、広告と情報発信についてです。


 島さんが自宅サロンをオープンした頃は、SNSは今ほど発達しておらず、スマホもなくて、ブログもHPも限られた人や企業しか使っていない時期。広告といえば、チラシやフリーペーパーがメインでした。


 島さんもフリーペーパーに広告を出しましたが、寂しいオープン初日だったそうです。


 それでも続けているうちに数人のお客様が通ってくれるようになったとのことですが、施術料は2,000円ほどで、儲けは小さなものでした。


 子育てをしながらでも、好きなことで人に喜んでもらえるのは楽しかったそうですが、

「当時の値段は自信のなさを反映したような値段でした。今考えると主婦の小遣い稼ぎというか、オママゴトですよね」と彼女は当時を振り返ります。


 その状態で数年が経ち、生活のリズムもできてきたと共に、「このままじゃ嫌だ」と気持ちを切り替え、ブログによる情報発信を積極的にするようになり、さらにイベントも企画するようになりました。


 例えば「ルララ・マーケット」というイベントでは、フラワーデザイナーや雑貨のアーティスト、パンを作れる人などと協力したとのこと。島さんは場所を提供するとともに、バリの雑貨を販売したそうです。


 1人ひとりの力は小さくても、協力すれば呼べるお客様は増えるし、それぞれが得意なことを出し合えばお互いにフォローしあえるというわけです。


 島さんはイベントの中で、施術を体験できる機会を提供したり、チケットを配るなど、より多くの地域の方に認知してもらう試みをしたそうです。

 2つ目のターニングポイントは、学び直しです。

 島さんは当初、リラクゼーションを目的としたセラピーを提供していました。


 ところがある日、「最近調子が悪いから、しばらく整体に行くわ。治ったらまた来るね」とお客様から言われたのです。その時、島さんは「ああ、私、空っぽや」と思ったそうです。


 心と体に関する学びが不十分なままでは、お客様の困り事に応えられない。


 そのことに気がついた島さんは、それ以降、いくつものスクールに通って、解剖生理学や東洋医学、薬草、漢方、心理学を学び、さらに日本人向けのタッチングの技術などを学び直していきました。


 すでにサロンを始めて6年近く経ったころの学び直しであり、自分に足りないものを自覚し、それを補うための行動を起こすには、きっと大きなエネルギーが必要だったはずです。


 3つ目のターニングポイントは、自分の価値の見直しです。


 今から6年程前のこと。島さんはサロンの移転を余儀なくされ、自分のサロンを諦めるか、細々とでも続けるかの瀬戸際に立たされました。


 そんな折り、島さんはある工務店の社長さんにその話をしたそうです。


 その社長さんは、バリ風のデザインを数多く手がけていて、島さんとはバリ繋がりで縁のあった方でした。


 その方は島さんに、このようなことを教えてくれたそうです。


「2,000円のお客さんじゃなくて、2万円のお客さんに来てもらうためには、それに見合った場所、雰囲気、技術、接客を提供すればいいんだよ」


 その言葉に一念発起した島さんは、その社長さんの力を借りて古い中古物件をバリ風のデザインにリノベーション。価値の高いサロン空間へと生まれ変わらせて、サロンを再オープンしたのでした。


 メニュー内容も、それまでの学び直した技術や知識を総動員して、付加価値を付けるなどの見直しをして、価格も改訂したそうです。


 以上、島さんの3つのターニングポイントを紹介しました。


 このように、島さんを含めて、長くセラピストライフを歩んでいるセラピストの多くが、いくものピンチを立たされ、そのたびにそれを乗り越えてきた経験をしています。


 むしろ、初めから完成形のスタイルを確立できたセラピストなど、おそらくいないでしょう。


 窮地でも諦めなかったセラピスト本人も素晴らしいと思いますが、サロンのお客様、支えてくれる家族、いっしょに学び合う仲間、的確な教えをくれる指導者や先輩。


 そうした人々が、ピンチを乗り越える力を貸してくれるケースが多いように思えます。


「絶対、人には人生に1人や2人は、応援してくれる人がいるんですよね」と、島さんは実感を込めて言います。


 では、なぜ、応援してくれる人が現れるのか?

 それは、思わず応援したくなるような関係性をそれまでに築いているからであり、応援に応えてくれるだろうことを皆が期待しているから。


 だからこそ、応援してくれる人が現れるのではないかと思うのです。


 長くセラピストライフを歩むために大切なことを聞くことができたインタビューでした。


バリラボ・サロン

https://balilab.net/