2006年からセラピストとして活動し、2011年から宮城県名取市にて個人サロン「SLOTUS (スロータス)」を経営、現在は産前産後ケアを中心とした自然療法を提供している、道合幸子さんのセラピストライフを紹介します。
サロン名の「SLOTUS (スロータス)」とは、スロー(ゆるやか)とロータス(睡蓮)を合わせて道合さんが作った造語です。
「睡蓮の果実を食べると苦しみを忘れて夢見心地になる」というギリシャ神話から、お客様がサロンでゆったりとした気持ちで過ごして欲しいという思いが、このサロン名に込められています。
現在、道合さんのサロンでは、マタニティ(産前・産後)向け、妊活中の方向けのメニューが用意されていて、そのメニューを求めて名取市内だけでなく近隣の地域からお客様が来店するとのこと。
中には自動車で片道1時間近くかけて通ってくる方もいるそうです。
「もちろん、妊娠をきっかけに初めてサロンに来たという方もいらっしゃるんですけど、今までどこかのサロンに通っていた方がほとんどですね。妊娠して行き付けのサロンで施術を受けられなくなったことで、私のサロンに辿り着くというケースが多いです」(道合さん談)
妊娠期間や産後は、女性にとって特別な期間です。
妊娠してお腹がどんどん大きくなっていくので、その過程で様々な不調が出てきやすくなります。
ホルモンのバランスが変わるからなのか、あるいは未体験の状況からなのか、心も不安定になるといわれます。
妊娠は病気ではないけれども、慎重なケアが求められ、用いる粧材や施術部位にも注意が必要になります。
母子の命や健康に関わることから、「何か間違いがあったら一大事」という気持ちから受け入れを避けるサロンの立場も理解できます。
しかし、ずっと心身のメンテナンスをセラピストに頼ってきたお客様にとっては、妊娠して「これからさらに支えて欲しい」と思う時期にサロンに通えなくなるのは、心細く、不安な気持ちになるのだろうと思います。
そんな時に、道合さんのサロンのように、妊産婦さんを受け入れてくれる場があるというのは、救われたような気持ちになるのではないかと思います。
「出産という大きいイベントに対して、不安感を抱きながら妊娠生活を送られてる方は多いです。身体の不調を訴える方もありますけど、分娩の怖さや不安感も抱えています。そういうのって、普通は深く話す機会がなかなかないので、お客様からはいっぱいご質問をいただきます。私の出産の経験は1度ですけど、これまで延べ5000人くらいの妊婦さんに触れてきたので、一人ひとりじっくりと施術中にお話をお伺いし、これまでの事例から情報をお伝えしています。こうしたスタイルが、妊婦さんたちに喜ばれているみたいです。『気持ちが落ち着きました』とか、『大丈夫と思えるようになった』と言っていただけることも多いです」(道合さん談)
道合さんのサロンで妊婦さんが施術を受けられるのは16週以降で、担当医からの了承が取れていれば、陣痛や破水などお産の兆候がない限りは予定日過ぎてもお迎えしているとのこと。
カウンセリングを通して、お客様の身体の状態や気持ちの面に合わせて、精油などいくつか提示し、お客様に選んでいただくという形で施術を進めているそうです。
施術内容はアロマトリートメントとボディケア、揉みほぐし、ストレッチなどの組み合わせで、普通のお客様と同じようですが、明らかに違うのは寝る向きなのだそう。
うつ伏せになれないので、横向きで背面側の施術をするとのこと。
また、精油は子宮収縮などの副作用から使わない方がよいと言われてるものは避けて、一般の方に比べて濃度を薄めにブレンドしているそうです。
「初回こそ、お客様はたくさん質問をしたり、不安を口にしたりと起きている方が多いです。私も意識的に声かけを多めにしていますし。でも、2回目以降はほとんどの方がすっかりお休みになられますね。それだけ普段は気を張っていて、休まる時間が少ないのかもしれません」(道合さん談)
道合さんのサロンには、妊娠中にケアを受けたお客様が出産後も通い続けていたり、ケアを受けた方がお母様を連れてきたりというケースも多いとのことですから、妊娠中のケアを通してとても強い信頼関係を築かれているのだろう思います。
なお、彼女のサロンは子ども連れOKとしていて、これも出産後のお客様から喜ばれているそうです。
道合さんが、なぜ産前産後のお客様に関わるセラピストとなったのか。
どんなきっかけでセラピストになったのか。これまでの歩みを伺いました。
「出会ってくれてありがとう」
セラピストになる以前、道合さんは地元の青森でスポーツクラブのフロントで働いていました。
7年ほど勤務したのですが、忙しくも代わり映えのしない日々で、自分の将来が思い浮かべられなかったと彼女は振り返ります。
そんな生活の中で彼女が楽しみの1つにしていたことが、月の1度、リフレクソロジーサロンに通うことでした。
ある日、道合さんはサロン探しのために地元のフリーペーパーを何気なく見ていたときに、地元にセラピースクールがあることを知ります。
道合さんいわく「受けるのは好きだったから、施術をする方はどんな感じなのかな、というくらいの気持ちで話を聞きに行った」とのことでしたが、これが彼女のセラピストライフの第1歩になりました。
「会社の休日にスクールに通い始めたんですけど、具体的に『どんなセラピストになりたいか』というイメージがわきませんでした。だから最初は、先生に勧められるままにまつ毛パーマの技術を学んだんですよ。でも、やっぱりボディケアがしたいと思って、次にバリニーズマッサージを教わりました。それがとても楽しくて! 次の仕事はこれだと、勤め先を辞める決心がつきました」(道合さん談)
スクールで技術を身に付けた後、道合さんは同じスクール卒業生と共同経営する形でサロンをオープンさせます。
しかし、経営初心者の集まりだったこともあり、経営はうまくいかず、1年を待たず解散してしまいました。
経験値が足りないことを痛感した道合さんは、その後の5年ほどの間に3店舗のサロンに勤め、タイ古式マッサージや揉みほぐし、リフレクソロジー、アロマトリートメント、フェイシャルなどを身に付けていきます。
また、この5年間で、道合さんは様々なサロンのスタイルを身をもって経験。その中で、自分が理想とするサロンの在り方について考えるようになりました。
こうして道合さんの頭の中に独立のイメージがかたまりはじめた頃に、大きな出来事が起きます。2011年3月の東日本大震災です。
当時、道合さんは仙台にいたそうです。普通の生活さえも大変な状況では勤めていたリラクゼーションサロンだけでは生活が立ちゆかず、彼女はサロンを辞めてアルバイトをして日々を過ごしました。
そして、震災から日常を取り戻しつつある頃、
「日常は必ず戻ってくる。その時にはお客様お一人おひとりに寄り添える空間が必要になるはず」
そう考えた道合さんは「自分のサロンを作ろう」と決め、準備を始めたそうです。
この独立準備の期間に、道合さんはスクールや講座に出て、マタニティ向けの施術を身に付けたとのこと。
「友達が妊娠した時に脚がひどくむくんで、とても辛そうだったんです。当時の私はサロン勤めをしていたのに、友達のむくんだ脚を目の前にしてながら、触ってあげられなかった。触っていいのかも分からなかったんです。だから、独立したら妊婦さんを楽にしてあげられるメニューを入れようと、ずっと思っていたんです」(道合さん談)
道合さんが自然療法サロン「SLOTUS (スロータス)」を開業したのが、2011年の10月。マンションの1室でのスタートでした。
最初は一般的なリラクゼーションサロンであり、マタニティ向けメニューはサブ的な扱いだったそうです。
サロン勤めをしていた頃のお客様に何も告げずにオープンしたため、完全なるゼロスタートで、友人たちやその知人がお客様になってくれたものの、一般のお客様の数は伸び悩みました。
「一般のお客様がまぁ、いらっしゃらなくて」と道合さんは笑いながら話してくれました。
その一方で、徐々にでも着実に伸びていったのは、マタニティのお客様。サブとして準備しておいたマタニティメニューが、いつしかメインメニューになっていたのです。
「震災から半年ちょっとしか経っていない頃で、妊婦さんにとっては『非日常の中での妊娠』でしたから、すごく不安だったと思うんです。仙台、福島、気仙沼、石巻とか、車で2時間も掛かるところから来る方もいました。『出会ってくれてありがとう』って言ってくださった妊婦さんまでいて、よほど苦しかったんだろうと思います。そんな風に妊婦さんから喜ばれているうちに、マタニティメニューがメインになっていきました。お客さんに育てられたサロンみたいな感じです」(道合さん談)
その後、出産後も通い続けたいというお客様の期待に応えようと、道合さんは産後の女性の心身についても学び、産後向けのメニューも始めます。
そして、お子さんを連れてこられるようにサロンも整えました。
「私のサロンは赤ちゃんOKなんです。隣で赤ちゃんを寝させながら施術できます。おむつ交換とか、おっぱいあげたりとかで中断してもいいよ、とお伝えしています。1日にお迎えするお客様は午前、午後でお一人ずつか、多くて1日3人までにしているので、赤ちゃん連れでもお母さんには気兼ねなくリラックスしていただきたいと思っています」(道合さん談)
マタニティメニューをメインに掲げているうちに、今度は妊活についての相談も増え始め、道合さんは再び勉強をして妊活メニューを追加。
さらに2022年からはマタニティセラピストを増やすべく、スクール事業を開始しています。
「スクールは、お客様からのご希望でワンデイ講座から始めました。それで、遠方から来られる妊婦さんのためにも、おうちの近くにサロンがあればいいよねっていうことで、マタニティセラピストを育成するスクールを開始したんです。生徒さんが成長する姿を見るのは楽しいですね。セラピストとして幸せになってほしいと思います」(道合さん談)
最後に、私が道合さんにこれからのビジョンを訊くと、
「今の状態がとても幸せなので、これを何年も積み上げられていければいいかな」
と笑顔で答えてくれた後、こんな話をしてくれました。
「出生率の都道府県ランキングで、宮城が下から2番目だったんですよ。それをちょっとでも底上げしたい、なんて思っています。すごく微力なんですけども。たとえば、1人目の妊娠中が幸せなら2人目も産みたいと思うんじゃないかと。あるいは、妊活している方が早く1人目を産めば、2人目も産めるかもしれない。そもそも体が整ってれば、妊活すら要らないかもしれないんです。セラピストは幸せな妊娠生活をしてもらうためのお手伝いができるし、そのためにもマタニティセラピストを増やしていきたいと思います」(道合さん談)
セラピストになる前は自分の将来が思い浮かべられず、セラピースクールに通い始めた頃は「なりたいセラピストのイメージ」が湧かなかったという道合さん。
そんな彼女が、インタビューの中で楽しそうに将来のビジョンについて話しをしてくれました。
道合さんを含めた多くのセラピストが、まっすぐにセラピストライフを歩いてきたわけではないのです。
一旦進み始めた道から「ちょっと違うかも」と引き返し、「経験不足だ」と感じて敢えて遠回りしたり、時には周りの人々からの求めに応えながら歩いているうちに、振り返ってみれば自分だけの道が出来ている。
そうやって歩いているうちに、自分が気持ち良く進める道の選び方が身についてくるものなのかもしれません。
「私はお一人おひとりに向き合うことしかしてなくて、その積み重ねが今になってるんです。お一人おひとりにじっくり向き合うだけ。これからもそうだと思います」(道合さん談)
その彼女の歩みが、延べ5000人もの妊産婦さんを励まし、支えてきたのだと思うと、お話を伺う私までもなぜだか嬉しくなっていました。
校長からのメッセージ
今回は、マタニティケアをメインにした自然療法サロン「SLOTUS (スロータス)」を経営する道合幸子さんのインタビューをご紹介しました。
2011年の東日本大震災という大きな出来事が道合さんが独立するきっかけとなり、また、あの時期にお腹に子どもを宿して不安な生活を送っていた妊婦さんにとって、道合さんのサロンが求められたという、興味深い事例です。
普通は「一般向けのリラクゼーションサロンが最も間口が広い」と思ってしまうのですが、目を移せば「妊産婦さんに自信を持って施術できるセラピストが少ない」という事実があって、道後さんのスタイルが期せずして妊産婦さんから需要に合致した、ともいえます。
道合さん自身、「私のサロンはお客様に育てられてきた」と語るように、お客様の望みに耳を傾けて、その期待に応えることで、メニューもサロンも進化してきたのです。
こうした、軸を持ちながらも柔軟でいることは、セラピストライフを歩く上で大切な姿勢なのかもしれません。
さて、今回は「妊活」「出生率」という最近話題のワードも出てきました。
出生率の向上も、妊活の支援も、今の日本全体の課題として上げられています。
そこで道合さんのお話を聞いてふと思ったのは、行政的にはどうしても経済的な支援ばかりが議論されがちだけれども、問題の核心は「お母さんの孤独」なのかもしれないな、ということでした。
「妊娠すると身体のあちこちが辛くなるので、女性はパートナーにマッサージを求める方が多いんです。だけど、どうしても素人なので満足を得られない。妊婦さんがケアを受けられるサロンがあることを知って、それを伝えれば、パートナーとしても『じゃあ、行っておいで』ってなるみたいです」(道合さん談)
道合さんのインタビューからも分かるように、妊婦さんや妊活女性がサロンで得られるのは、マッサージなどによる一時的なリラクゼーションではありません。
不安を吐き出し、互いに共感して、話を聞いて安心できることも、サロンでの大切な時間です。
つまり、これもひとつの「孤独感の解消」といえるのではないでしょうか。
残念ながら私を含めて男性にとっては、妊娠・出産という体験については、いくら分かろうとしても根本的に共感し得ないもの。
ならば、共感してもらえて、心からリラックスできて、身体のケアもしてもらえるサロンがあるならば、女性の一大イベントを乗り越える大きな助けになるはずです。
もちろん、プロにすべて丸投げではなく、精神的なケアはパートナーに求められるだろうとは思いますが、力不足の部分をセラピストに依頼するという関係性もあっていいのだと思います。
「妊娠生活や出産、子育てが大変だったら、やっぱり2人目って考えられないと思うんですよね。妊娠してからも楽しみがあるとか、妊娠してる時にすごく幸せだったとか。2人目を考えた時に、それはご本人にとってすごく大きいことですよね。」(道合さん談)
妊娠・出産・育児中には嬉しさも楽しさもありますが、辛さや苦しさもあります。
良い思い出と悪い思い出を天秤に掛けて、良い思い出が勝るのであれば、道合さんがいうように出生率の向上に繋がるのかもしれません。
「私もまだまだ勉強中なんですよ」と、これからは体質改善について学びを深めたいという道合さん。
これからもお客様お一人おひとりの不安に耳を傾け、じっくり向き合っていくのでしょう。
そして、生徒一人ひとりにも向き合って、幸せなマタニティセラピストを世に送り出してくれるのでしょう。
「宮城県の出生率が爆上がりした」というニュースがいつしか耳に入った時、そこには道合さんらセラピストたちの力があったのだと、全国のセラピストたちに会うたびに自分事のようにお話しして回りたいと思います。
自然療法サロンSLOTUS
妊活・マタニティケアサロン/スロータス
https://www.instagram.com/slotus_salon?hl=ja