『今の自分はセラピストとは言えないんじゃないか?』
自分が今していることや、やろうとしていることはセラピストのそれとは言い難い。なのでその集まりに参加してもいいのか?
様々なコミュニティを主催し、お声をかける際に言われることの一つです。
これ数人のことでなくて。
本当に全国津々浦々で聞かれることです。
実は逆にそういった存在こそ。
これからの個人セラピストの数ある型の一つとなっていくのではないか?と僕は思っています。
そんな彼らの姿や胸の内にはいくつかの共通点があります。それは、
◇ 今までなんらかの形での歩みがある。
目の前にクライアントがいて。その要望に応じる技術や環境を有し、それに対応して対価を受けるなど。対人援助の働きをし続けてきたなど。
◇ これまでの自らの歩みに違和感を感じ始めている。
こうあるべき。という枠組みの中で求められてきたことと、実際にクライアントに対峙してきて求められていること、自身のやるべきこととの小さなズレを感じ始めるなど。
◇ そこからの変わるべき理由や必要性を感じている。
皆が始めたからではない。誰かに勧められたからでもない。
自身のキャリアや環境、想いなどから今変化すべき時だと感じているなど。
◇ 今までの経験や学びは決して無駄ではない。
今までの歩みを否定したいのではなく。
むしろこれまでの経験や学びがこれまでとは違った形で活かせるはず。なかなか周囲からは理解されないのだけれど。
◇ 予感している。それも根拠なし。
気になる扉を開けてみたい。なぜならそこに新しい自分の姿がある(気がする)
特に昔から付き合いのある仲間などからはより良い反応はないけれど。
◆◆◆◇◇◇
これから先のことはまだ暗中模索。
そういったステージのセラピストにとって。
今までの枠組みにとどまされるのではないか?と思う場には極力足を遠のかせたいと感じるのは致し方ありません。
ちなみに。僕がその様なセラピストたちに注目しているのには理由があります。
それは社会の、クライアントの変化からです。
クライアントがセラピストに求めるものが多種多様になっていく中で。そこに一番近い所にいる可能性があるからです。
クライアントからすれば。
『今まで私が求めていたセラピストにやっと出会えた』となる。
つまり今セラピストの型(スタイル)がどんどん増したり変化してきているのは当然のことであり、フロントランナーのそれかもしれないのです。
ですからセラピストの学校のオープンキャンパスにやってくるセラピストや、もっと言えばマンツーマンサポートなどで個別に相談されるセラピストたちは。
今まで通りで良し。というセラピストはほとんどいません。
これからの社会で様々なニーズに対応し多種多様なスタイルのセラピストがほとんどです。
(もちろんここでの学びやサポートがそうでないと感じるのでしたら距離を置くことも勧めます)
『一人ひとりがかかりつけのセラピストを持てる社会とする』
15年前にセラピスト支援を始めた時に掲げたビジョンは今もなお変わっていません。(文責:谷口晋一)
セラピストの学校オープンキャンパス
:https://www.relax-d.com/calendar_10.html
谷口校長マンツーマンコンサルティング
:https://www.relax-d.com/contents_1343.html