グラフィックデザイナーを本業にしながら、アロマキュレーターとしてセラピストの活動の補助や、精油生産者の支援、製品のプロデュースなど、幅広い活動をしている「flavour(フレーバー)」の小林彩子さんを紹介します。
この記事では、小林さんのアロマキュレーターとしての活動を紹介します。
また、セラピストをサポート役(シェルパ)としての小林さんの活動を、【ディレクター型シェルパ編】でご紹介することにします。
小林さんは東京を拠点に、グラフィックデザイナーとして20年以上に渡って、商品カタログや企業広報誌などを手がけてきました。
紙面にレイアウトすることはもちろん、クライアントの意図を汲み取り、全体のプランニング、モデルのキャスティング、写真の撮影指示など、制作過程全般を統括する「アートディレクター」として活躍しています。
その一方で、小林さんはセラピスト業界で活動する「アロマキュレーター」でもあります。
キュレーターとは、一般に博物館などで働く学芸員を指し、収蔵品の保管や展示の他に、蒐集や研究、情報提供なども行うことがあります。
また最近では、ネットに膨大な情報が溢れている現代に必要とされる仕事として、情報を精査、整理して読者に提供する役割を、キュレーターと呼ぶことがあるそうです。
こうした意味から、アロマに関連する物事についての情報を多くの人とシェアする役割として「アロマキュレーター」と表現しています。
彼女のアロマキュレーターとしての活動の一部を紹介すると、
こうした活動を始めるに至るまでのお話を、インタビューで伺うことができました。
あぁ私って才能ないや。でもやめたくはなかったです、不思議と。
「flavour」という屋号から想像した読者もいるかと思いますが、小林さんは自他共に認める香り好き。
flavourとは、「香り付けする」という意味だそうです。
初めて彼女が自分の香水を手にしたのは4歳の頃で、実は母親からもらったもの。
「それ以来、香り好きが高じてしまって。私、香水マニアなんです」と、小林さんは笑顔でこれまでのことを語ってくれました。
学生時代の彼女は授業ノートを綺麗に取ることに凝っていて、試験前になると友達から「ノートを見せて」と頼まれることも多く、とても喜ばれたそうです。
情報を綺麗に見やすく整えること、それはつまり‟デザイン“に他なりません。
デザインの世界に興味を持った小林さんは、美大に進みたいと考えるようになり、受験のための美術予備校に通います。
そこで命を削るように芸術に挑む同世代の人たちの姿を見て衝撃を受けたといいます。
「後に日本を代表するレベルのデザイナーがいるような予備校に行って、“ああ、私、才能ないや”って気づいたんです。でも、不思議とやめたくなかったんですよね。やりたいことなんだから、仕事としてとりあえず3年続けてみようと思っていました」(小林さん談)
その後、デザイナーとして社会人生活を始めた小林さんは、3年どころか20年以上も走り続けることとなります。
小林さんが独立し、デザイン事務所「flavour」を設立したのは、2006年のこと。
それ以前から、自主制作した香水を紹介するWEBサイトや、自分のメールアドレスなどに「flavour」という言葉を使っていたこともあり、独立する際に「屋号はどうしようか」と友人に相談したところ「え、flavourの他に何があるっていうの?」と言われたそうです。
会社員時代の小林さんは香水を集めていて、アロマテラピーも趣味で楽しんでいたということで、周囲の人にとっては小林彩子=「flavour」という認識だったようです。
そしてこのflavourという名称が、後にセラピスト業界との縁を結ぶことになるのです。
精油の封をあけた瞬間に。
独立後の小林さんはクライアントに恵まれたこともあり、とても忙しい日々を過ごしていたそうです。
デザインの仕事が苦にならない性格に、仕事をもらえる嬉しさが加わり、どんどん仕事を受けていきます。
すると、毎日、事務所に寝泊まりして、3時間睡眠で働く日々が続くようになりました。
しかしその生活を何年か続けるうちに。「このまま消えて無くなってしまえたら、どんなに楽になるだろう」と考えてしまう程に、追い詰められていく彼女がいたそうです。
アロマテラピー関連の書籍のデザイン依頼が舞い込んだのは、そんな時のことでした。
なんと小林さんの屋号を見て、声を掛けてくれたのです。
すでにスケジュールはいっぱいで、心身共に限界ギリギリでしたが、その仕事をやりたいと強く思った小林さんは、仲間の助けを借りることで、なんとか書籍の仕事を進行していったそうです。
そして、書籍の仕事が終盤にさしかかる頃、1本の精油の瓶が小林さんの手元に届きます。
それは、編集者が「撮影用に用意したものが余ったので」と送ってくれたペパーミント精油でした。
その精油を見たときに、小林さんは忙しさのあまりに香りを楽しむことを忘れていた自分に気がついたそうです。
「たまには嗅いでみようかなと、精油の封を開けた瞬間に。それこそブワーって風が吹いたような。その瞬間に我に返ったというか、目が覚めたんです。“私、何やっていたんだろう。好きなことをやっているはずなのに、なんで消えたいなんて思わなければいけないんだろう”って」(小林さん談)
時を同じくして、小林さんの事務所にFAXが届いたそうです。それは、書籍の前書きの原稿でした。
『肌は自分と外界の境界線。それが荒れているという事は、自分が外界に対してストレスを感じているからである』
原稿の中に書かれたその一文を読みながら、化粧はおろかケアすら怠ってきたボロボロの自分の肌と、これまでの自分の生き方を、小林さんは無意識に重ね合わせます。
気づけば手にしていたFAX用紙は涙で濡れていました。
「1本の精油で命を救われた。私はここから変わらなくちゃいけない。」
そう考えた小林さんは、書籍の著者のもとで本格的にアロマテラピーを学び始めます。
「セラピストとデザイナーの仕事ってアウトプットの違いだけで、とても良く似てると思います。クライアントが大切にしていることは何か。社会の中でどんな立ち位置でいたいのか。そして、どんな成果を期待して依頼しているのか。どちらもそういうことを考えながら仕事をしているんです。私、セラピーの勉強でも、コンサルテーションは結構上手いと褒められるんですよ」(小林さん談)
分からないことが分からない状態、なのかと思い知らされる
セラピーを学ぶとともに、自分の生き方を考えるようになった小林さんは、国内の精油生産の現場や日本の里山や森林を直に見て、現状を学びたいという思うようになりました。
というのも、デザイナーにとって紙は身近な存在であり、また企業広報誌を制作する上ではCSR(企業の社会的責任)が重要視され、環境への配慮も求められているため、以前から小林さんも関心を持っていたからです。
また、植物の力を借りるアロマテラピストとしても、その原料となる植物と生産現場を知ることは無関係ではなく、知りたい気持ちがあったそうです。
ただ、実際には部外者が林業の現場に入ることは難しく、当初は自分の想いをインターネットで発信することから始めたそうです。
すると、少しずつ林業に携わる人たちと交流できるようになっていきました。
はじめは里山の環境保全や国産木材の有効利用などの社会問題について、セラピストとして提案できることがあると考えていた小林さんですが、林業家と交流する中で、自分がいかに「分からないことを分からない状態」なのかを思い知らされたと言います。
「精油は量が少なくても単価が高い。それに、建材にならない枝や葉を使えるから、利益が出るんじゃないかと思っていたんですね。でも、それを林業の人に言うと“枝葉を山から運び出すのに、どれだけの費用が掛かると思っているんだ? 何も知らないで勝手なことを言うな”って怒られたんです」(小林さん談)
どんな業界でも、その内と外では“常識”が違うことがよくあります。
すると、互いに論点が咬み合わず、「話が通じない」と理解を諦めてしまいがちです。
でも、そこで諦めないのが、小林さんらしさ。
あるいは、1本の精油に命を救われた彼女だからこそ、知りたい気持ちを諦めなかったのかもしれません。
その後も自分の想いを発信し続けたところ、小林さんは国産の木を使って商品開発をする方とも繋がるようになったのです。
そして、その方と協力して、林業家を講師に招いて山林のことを学ぶ場として、「森の学校」を開催することになります。
こうした地道なコミュニケーションによって、最近では林業家からも「業界の外の人と繋がることの意義」について、徐々に理解が得られるようになります。
さらに、小林さんを生産者側の仲間として受けれてくれる方も現れています。
また、商品開発者と繋がる中で、小林さんは商品開発や広告販売について助言を求められるようになってきて、アートディレクターとしてのアドバイスを伝えているそうです。
もちろん、訪ねた各地で得た情報を発信し続けているため、最近ではセラピストなどから「お勧めの精油を教えてほしい」という問い合わせも来るようになったとのこと。
小林さんは、その声に耳を傾け、どんな香りを欲しがっているのかを聞き出し、出来る限り応えるようにしているそうです。
「最近、“遠方に住む娘がコロナ禍で気持ちが落ちているので、何か香りのプレゼントしたい”というお母様からの相談があったんです。私は香りの好みを聞きながら、娘さんとお母様に同じ香りを選んで送ることにしました。いっしょに楽しんで欲しいと思って」(小林さん談)
香りに関する情報の収集と発信をする中で人と人、人と香りが繋がっていく。
そして、繋がった人たちが生きる希望を抱いたり、元気になったり、幸せを感じるのなら、アロマキュレーターもセラピーの1つの形なのだろうな。インタビューのなかで、私はそう考えました。
校長からのメッセージ
最近の消費行動の傾向として、 「エシカル消費」が話題によく出るようになりました。
「エシカル(ethical)」とは「倫理的・道徳的」という意味で、エシカル消費は、例えば環境負荷が低い製品を選んだり、労働力の搾取が疑われる製品を避けるという消費行動です。
一方で、小林さんが携わっているような企業広報誌で重要視されるCSRは「企業の社会的責任」のことで、企業活動の環境負荷や、従業員への配慮、製品に関わる情報の透明性などを含めた、企業イメージや株主への心証に関わる要素として注目されています。
どちらもSDGsにも関連する概念で、商品を作る側、消費する側ともに、環境や人権に対する責任を担っていることへの理解を求める、社会的なムーブメントと言えます。
今回お話を聞かせていただいた、小林さんのアロマキュレーターとしての活動は、上記のような社会的なムーブメントの表現の1つのように思えます。
しかもそれは、デザイナーであり、かつアロマテラピストでもある彼女ならではスタイルなのではないでしょうか。
日々利用する製品が、どんな材料で作られていて、どのような環境で生み出されるのか。
それを知り、広く報せることが、アロマキュレーターの役割の1つであるように思えるからです。
もう1つ興味深いのは、アロマキュレーターが、これまで溝があった関係者同士の間に橋を架けるような活動であることです。
原材料を提供する林業家、製品を作るメーカー、そしてデザイナー兼消費者代表としての小林さん。
この3者が繋がることで、それぞれ単独では得られなかった視野を得ることができるはずです。
この3者が互いに理解を深めることで、きっと環境の保全と経済が両立するような仕組みを生み出してくれるのでは、と期待せずにはいれません。
そして、そこから生まれるものは、きっと人にも、自然にも優しい商品でしょう。
セラピストは、自然から与えられた恵みを知り、人の可能性を引き出すことに喜びを覚える人々です。
小林さんのように、セラピストとしての視点を企業活動に提供できる存在は、今後さらに必要とされていくのではないでしょうか。