2001年に東京都練馬区大泉学園前にて「てあて整体院」開業し、2004年から育成の場「てあて整体スクール」を開設、セラピスト育成をしている荒木靖博さんのセラピストライフを紹介します。
42歳の頃に開業して、今年でセラピスト歴は23年目の荒木さん。
65歳の今も変わらず大泉学園前にて、整体院とスクールを経営し、加えて文化センターなどでアレクサンダー・テクニークのレッスンを行っています。
さらに、後に詳しくご紹介しますが、26歳の頃から様々なジャンルのダンスを実践し続けてきました。
荒木さんの「てあて整体院」のクライアントは、女性が7割ほどで40代から50代の方が多く、主に腰痛や膝痛など痛みを訴えて来院されるとのこと。
長く通う方は月に1度のメンテナンスとして訪れており、聞くところによると、開業一年目からずっと通い続けている方もいるそうです。
また、荒木さん自身の経験から「ダンサーに起きやすいトラブルやそのトラブルへの対処」についても詳しく、ダンス経験者が相談に来ることも多いそうです。
荒木さんが提供するメニューは、指針整体とマッスルエナジーテクニックなどを用いたオリジナルのボディケアメソッドです。
「指針整体」は指を針に見立てて指を使って全身の経絡に軽い刺激を入れ、筋肉を柔らかくし、血流を改善させる手技です。
また、「マッスルエナジーテクニック」は、ファシリテーション(促通)とモビリゼーション(関節を動かす)を併せた手技療法と言われ、クライアントさんの弱い力にセラピストが抵抗して止めることで、関節を動かし、神経と筋肉の繋がりを良くする事で、筋肉が柔らかくなり血流が改善されるというもの。
どちらも、押さない・揉まない・体重をかけないという、クライアントの身体に与える負担が少ない手技といえます。
さらにクラニオなどの調整法と、アレクサンダー・テクニークによる体の使い方が組み合わさって、荒木さん独自のスタイルとなっています。
「最近は、40代前後で仕事を持ちながら、大人になってからバレエとかベリーダンスとかを始めるのが流行りなんですね。腰や膝に痛みが出ることがあるので、僕のところのWEBサイトを見て、電車で一時間ほどかけて通われる方もいます。舞踊団に所属している20代30代ぐらいの人も来ますね」(荒木さん談)
2004年に設立された「てあて整体スクール」では、荒木さんオリジナルメソッドを伝えていますが、生徒たちはただ独立開業を目指すだけでなく、手技にも生活にも取り入れられような、活きた知恵を求めて通ってくるそうです。
スクールの学習内容は充実していて、96時間のカリキュラムが用意されています。
ただその時間だけ講義を受ければよいわけではなく、荒木さんが「できるようになるまで何回でも付き合いますよ」というように、200時間を越えることもあるようです。
それだけ生徒さんにとっては学びがあり、たとえ開業してもなお繋がり続けたいような魅力があるのでしょう。
ちなみに卒業生の開業率は30%ほどで、業界としては高い方の水準にあります。
荒木さんに「なぜ、セラピストの世界に入ったんですか?」と伺ってみると、いくつもの人生経験の積み重ねが、今の彼の魅力的なセラピストとしてのスタイルを形作っていることが見えてきました。
人生があと半分しかないとしたら、
三重県四日市で生まれ育った荒木さん。学生の頃は、スポーツ系の進路も考えるほどに運動神経が良かったそうです。
結局、東京の大学の経済学部に進学しますが、剣道部の主将を務めていたといいますから、運動好きは昔からずっと変わらないようです。
大学卒業後、荒木さんは大手アパレルに就職し、本社で事業計画企画に関わる部署で働きます。
そして、その会社に勤める中で、ひょんなことから会社の同僚とミュージカルを鑑賞したことをきっかけにジャズダンスを始め、数ヶ月で舞台に立てるまでになったといいます。
ダンスの世界にのめり込むなかで、自分の身体のメンテナンスのために整体院に通うようになったそうです。
荒木さんが就職した頃は、日本はバブル経済が絶頂期にあり、その後バブル経済が弾けて大量のリストラが行われた時期も荒木さんは経験しています。
当時、事業計画を立てる側であった彼は、店舗数を整理したり、従業員を減らしたりすることを会社から求められました。
荒木さんは心苦しさを感じながらも、会社が存続する見通しが立つまではと、自分に与えられた仕事に向き合い続けられたそうです。
そんな頃に、35歳を迎えた荒木さんは、ふとこんなことを考えたそうです。
「人生があと半分しかないとしたら。自分1人の力で生きていくことはできないのか」(荒木さん談)
では、どんな仕事ができるだろうか。
もし転職するなら、自信を持って続けられるものがいい。
実家に帰らねばならない状況に備えて、技術を身に付けた方がいいだろう。
ならば、自分が得意な運動や身体に関することで何かないだろうか。
そう考えた時に思い浮かべたのが、整体師でした。
「その頃は、すでにダンスを10年以上続けていて、身体のメンテナンスのために整体院にも通っていました。施術はとても良かったのですが、体の状態の説明は少ないし、日常生活のアドバイスもありませんでした。仕方がないことですが、ダンスの話をしても分かってもらえないこともありましたね。そんなふうに考えたら、『もしかすると、自分なら患者さんにとって良い整体師になれるかも』って思っちゃったんです」(荒木さん談)
しかし、「僕は慎重で臆病なんですよ」と照れくさそうに振り返る荒木さん。資料集めだけして、決めあぐねていたそうです。
そして半年経つ頃に、奥様から「資料を集めるだけで、どうしてどこも見に行かないの?」と背中を押されてようやく見学へ。
それでも会社を辞めることに不安を覚えていた荒木さんに、また奥様が「勉強したからってすぐに会社を辞める必要はないでしょう?」。
こうして荒木さんは会社員時代に整体師の勉強を始めたのです。
その後、学びを進めるなかで決意を固めた荒木さんは、経営者から強く引き止められられながらも20年近く勤めた会社を辞めます。
ただ、会社員時代のキャリアが認められたのか、通っていたスクールの事務局に誘われ、勉強しながらスクール経営にも触れることができたようです。
また、このスクールでは様々な施術家が講師になってもらえることもあり、荒木さんは自分に合った手技を選んで身に付けていき、このスクールで得たご縁で指針整体を学び、荒木さんは技術と経験を積んでいきます。
そして、2001年11月に「てあて整体院」が開業されるにいたります。
横に腰かけて同じ方向を向くように
「開業した頃と比べて、20年以上が経って、何か変わったことはありますか?」と私が訊くと、荒木さんは少し考えた後で「一番変わったのは、患者さんの身体ですね」と答えてくれました。
とくに、若い人の体が「故障しやすくなっている」という印象を持っているそうです。
「例えば1日の歩数とか、運動量が劇的に減っていますよね。それで股関節を動かす角度も狭くなっていたり、座ってて腰がつらくなるという人は多いんですよね。エレベータやエスカレータがどこにでも備えられていて、だんだんと体力を必要としなくなってきましたから。そうした環境の変化が、身体に表れているのかもしれません。それがコロナ禍で通勤という運動がなくなって拍車がかかった。平均的な身長と体重なのに、体脂肪率が高い。つまり、筋肉量が減っているんですけど、それが肩こりや腰痛、冷え性、むくみ、生理痛の辛さとして出ることがあるんだと思います」(荒木さん談)
そうした現状に対して、荒木さんは「自分の身体に気が付いてもらえるように促してきた」と言います。
「整体師として経験を積めば、痛みは取れるようになるんですよね。だけど、多くの患者さんが同じことでまた来るんですよ。それで身体の使い方を伝えたいと思ってアレクサンダー・テクニークに行き着いたんです。結局の所、僕が治すんじゃなくて、患者さん自身が自分の身体を意識できるようになってもらわないことには解決に繋がらないんですよね。なので、施術中にそれに気付いてもらえるように、いろんな話をします」(荒木さん談)
荒木さんは自分の整体師としてのスタンスをこう語ってくれました。
「公園で疲れ果てて座っている人がいたら、横に腰かけて同じ方向を向いて、缶コーヒーを一緒に飲む。そんな感じです」
疲れて俯く人に正面から「頑張れ」と声を掛けるだけが励まし方ではない。
荒木さんは、患者さんに対しても、また生徒さんに対しても同じスタンスで寄り添ってきたそうです。
そうした荒木さんの存在に惹かれて、患者さんも生徒さんも離れていかないのでしょう。
人に求められる治療家やセラピストの立ち位置とはどういうものなのか? それを改めて考えさせられたインタビューでした。
校長からのメッセージ
今回は、セラピスト歴23年の荒木さんをご紹介しました。
インタビューにあたっては、荒木さんは「もうそろそろ一般的には引退する年齢だし、何でも話しておきたいと思いますけど」と笑顔で快く応じていただきました。
私と荒木さんは13年ほど前からのご縁で、出会った頃の荒木さんは長い髪をなびかせた格好いいダンサーというイメージでしたが、今は髪をスッキリと刈った職人のような雰囲気です。
さて、本編では「てあて整体院」についてを中心にご紹介しました。
ここでは、荒木さんの指導者としての面にも触れておこうと思います。
先にも述べたように、荒木さんは「てあて整体スクール」で講師として活動しています。
なるほどと思ったのは、どちらも生徒にとっては「受け身の授業」ではないことです。
アレクサンダー・テクニークは、そもそも自分の身体や動きに気付くためのレッスン。
また、てあて整体スクールでは、生徒自身が自分の身体を観察し、動きに意識を向ける訓練が含まれているようなのです。
一般に、整体・セラピースクールでは、「お客様に施術をする技術」を学びます。
つまり、意識を向ける対象は「目の前のお客様の身体」であり、「施術者自身」へ向ける意識の比率は小さいわけです。
もちろん、生徒さんによっては施術技法を学ぶなかで、自分の身体に落とし込んで考え、感じることができる人もいます。
いわば、鏡映しのように、施術を受けた時のお客様の感覚を、施術者自身が「自分が受けている時のように」(あるいはその逆も)自然に共感できる人は確かにいます。
しかし、お客様の身体を「まるでパン生地でも捏ねるかのように」施術するタイプのセラピストも、少なからずいるのではないでしょうか。
あたかも揉む対象と自分がまったく別物という感覚です。
お客様に共感する力は、技術の豊富さや器用さなどとは違ったセラピストの資質だと思うのですが、それを育てるには「自分の身体に意識を向ける体験をする」ことが有効だろうと私は考えています。
とはいえ、先にも述べたように、一般のスクールでは「お客様に施術をする技術」を教えているし、生徒さんも「お客様に施術をする技術」を学ぶために通うので、「自分の身体に意識を向ける」ことが後回し、あるいは生徒自身の資質と努力に任せるという態度になりやすいのではないでしょうか。
この辺りの重要性を、荒木さんは自身がダンサーであることで気付き、探求をしたのかもしれません。
彼はダンスに入門したころに身体の硬さに悩んだそうですし、故障に対処したりした経験があるようです。
また、以前にご紹介したセラピストの例では、日本舞踊の素養がマッサージスキルの習得に役立っているようでした。
ちなみに、アレクサンダー・テクニークの創始者、F.M. アレクサンダー氏は俳優であり、舞台上で声が出せないという自身のトラブルを解決したことがメソッド構築の端緒となったそうなので、「自分の身体に意識を向ける」ことがそもそものテーマであると言えます。
この「自分の身体に意識を向ける」を、荒木さんは整体院に来る患者さんにも、スクールに来る生徒さんにも、同様に求めているわけです。
そして、そうした学びは限りなく掘り下げられるので、終わりがありません。
だからこそ、荒木さんのスクールには96時間のカリキュラムがあり、また独立後もスクールに通い続けたくなるのではないでしょうか。
そうしたスクールの在り方は、実は「資格取得学校」というよりは、「徒弟制の職人」というイメージが浮かびます。
昔の徒弟制ならば、おそらく師匠さんはお弟子さんに対して、「まず自分のことを知りなさい」と助言し、そのための時間をしっかりと取って、段階を踏んで施術対象に向かわせるのではないか。
それが、セラピストの育成に大切な要素なのではないか。職人の雰囲気を漂わせる荒木さんと話をしている間、私はそんなことを考えていました。
てあて整体スクール