大阪市福島区で19年にわたってセラピールーム「ライトウインド」で心理療法を用いたカウンセリングを行う一方で、スクールの運営をし、さらに心療内科クリニックでも活動している黒田俊之さんのセラピストライフを紹介します。
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セラピールーム「ライトウインド」を営む黒田さんは、これまで4年間にわたって大阪市内の心療内科・神経内科クリニック内でカウンセラーとしても活動しています。
週に一度、クリニック内のカウンセリングルームに常駐し、患者さんに対して「トラウマセラピー」としてセッションを行っています。
医師が有効であると判断した場合に、患者さんにカウンセリングを勧めるのが基本の流れですが、時には患者さん自らカウンセリングを希望することもあるとのこと。また、企業の産業医からの紹介状でクリニックに訪れる場合もあるそうです。
医師がクリニック内にカウンセラーを置く理由を黒田さんに聞いたところ、心療内科の医師自らが患者さんのカウンセリングを行うには時間的に余裕がないという事情があるようです。
医療機関とは言え、カウンセリングは保険適用外であり、50分ベースで行われるそうです。
患者数が多ければ、当然、医師だけでは手が足らなくなるので、カウンセラーに任せることになるとのことでした。
現在、黒田さんは「公認心理師」と「産業カウンセラー」の資格を持って活動しています。同時に、黒田さんはヒプノセラピストでもあるので、とても珍しい立場と言えます。
どういった経緯でクリニックで活動するようになったのか、黒田さんにうかがいました。
すると、以前に参加したトラウマ関連のトレーニングをする長期講習で、現在勤めているクリニックの医師と出会ったことを教えてくれました。
「声をかけてくださった先生は、僕がやっているヒプノセラピーがどんなものかは、詳しくはご存じないと思いますが、いっしょに講習を受けるなかで、たぶん“患者さんに無理をさせない”とか“侵襲的な介入をしない”という僕の姿勢を評価していただけたのだろうと思います。そういう姿勢のカウンセラーは、医療機関の人からすれば安心でしょうから」(黒田さん談)
医療機関でのカウンセリングと、自身のセラピールームでのカウンセリングの違いについて聞くと、「診断名が付くような患者さんはとても敏感なので、かなり神経を使います」と答えてくれました。
例えば、現実の出来事とそうでないことを判断する能力(現実検討能力)の違いは大きいそうです。
セラピールームに来るお客様は、何かしらの悩みを抱えてはいても、ほとんどは現実検討能力がある人です。
ですが、医療機関に掛かる患者さんには、現実と非現実との境が曖昧な方もいて、ヒプノセラピーの技法がそのまま使える場合はほとんどないそうです。
また、極端に気力が落ちてうつになっている方、パニック障害で過呼吸を起こしやすい方、自殺念慮や自殺企図、自傷行為があるような方、犯罪被害や虐待体験などでトラウマを抱えている方など、一口に患者といっても状況は非常に多様で、かつ、常にとてもセンシティブです。
私たちは普段の人間関係の中で「気難しい人に神経を使う」と言うことはありますが、それとは比較にならないレベルで神経を使っていることが分かりました。
まるで、底を上げて水流があるように見せかけている状態
さらに、重要なポイントとして黒田さんが教えてくれたのは、「医療機関に来る患者さんは薬を服用していること」でした。
黒田さんは「川の流れが減っているのを、底を上げて水流があるように見せかけている状態」と表現してくれましたが、薬の作用で見た目は落ち着いているように見えて、実はギリギリの心理状態にあるようなこともあるようなのです。
黒田さんは、漢方薬局でバイヤーをしていた経験があるため、薬や成分に関する知識があったことで、医師との情報共有や、患者さんとの意思の疎通に役立っているそうです。
また、黒田さん自身が超多忙な社員だったこともあって、仕事熱心なあまりに心のバランスを崩してしまった患者さんの気持ちも分かることも、現在の活動の助けになっているようです。
そうした自身の過去の経験と、ヒプノセラピストとしての技術や知識があることに加え、黒田さんがこの活動を続けられる背景には、彼の学びを止めない姿勢があります。
たとえば、裁判用語や民法、労働基準法などを学ぶことで、患者と話を合わせることができるのだそう。
敏感な患者さんと向き合うためには、まず何気ない会話ができることが大切で、その中で心の動きを読み取ったり、自然に気持ちを上向きにするような提案を織り交ぜていくことができるようです。
「カウンセラーの資格を取ったら、すぐに心療内科で通用するかと言えば、それは絶対に無理です。精神医学を身に付けることは大前提ですが、加えて心療内科で出される薬についても知っておきたいですね。患者さんから“こんな薬を処方されています”と言われることがあるので。他にも、患者さんのお仕事についても知っておくと話を合わせやすいですね」(黒田さん談)
クリニックから声を掛けられた時、「ヒプノセラピーなど自分が普段使っているものが医療の世界で通用するのだろうか」と黒田さんの中には興味と不安が入り交じった感情があったそうです。
そして、実際に患者に接する中で、手応えを感じることも、手も足も出ない経験もあり、「謙虚になりました。患者さん、クライアントさんに育ててもらってきた感じですね」と、黒田さんはこれまでを振り返ってくれました。
なお、黒田さんは大学院の課目履修生として、臨床心理や発達心理学を学び直しもしているそうです。
自ら医療の世界に踏み込んだことへの覚悟。そして、自分の人生を取り戻そうともがく患者さんたちへの責任感が、インタビューの中で感じられました。
校長からのメッセージ
看護や介護などの現場で、医療チームの一員として活動するセラピストは、近年徐々に増えてきたように思えます。
とはいえ、黒田さんのように心理・精神医療の領域で活動するセラピストは、希なケースです。
それは、黒田さん自身が「僕はいろんな心理療法を取り入れてきた折衷型のセラピスト」と表現していたように、ヒプノセラピーという手法に限定せず、生きづらさを感じている相談者に寄り添う方法を模索してきた黒田さんならではのスタイルなのだと思います。
20年近くのセラピールーム「ライトウインド」での経験と、心療内科・神経内科クリニックでの4年の経験は、ものすごく濃密で貴重な学びの積み重ねだったはずです。
そうした黒田さんの知見を、私は同じ志を持つ方にできるだけ伝えて欲しいと思いました。
黒田さんも、「希望する方がいれば、出張講座のような形でも伝える機会を作れれば」と考えているようです。
さて、今回のインタビューでは、一般のセラピストの活動範囲ではなかなか覗けない、精神や心に関わる医療の現場を垣間見ることができました。
多くのセラピストにとっては、黒田さんのようにクリニック内で活動する機会はあまり訪れないかもしれません。
しかし、セラピストは体や心の悩みを持つ方に接する機会が多い職業なので、通常のセラピーでは力になれないお客様と出会う可能性がないとは言えないでしょう。
セラピストは、助けを求めて自分の元にやってきた方に手を差し伸べずにはいられない人たちです。
そうした性質故に、心の問題を抱えたお客様にセラピストが引き込まれすぎて、共倒れになる恐れがないとも言えないわけです。
そうならないためには、セラピストが自分の療法の他に、医療や介護などの専門領域に多少なりとも触れる機会を持つことは大切なのではないでしょうか。
また、目の前のお客様が自分では手に負えない状況にあるかどうか、すぐにそれを自分で判断できなくても、意見を求められる仲間を作っておくことは、個人セラピストが安全に活動するために必要なことなのかもしれません。
セラピストが学んでおきたい分野は本当にたくさんあり、私自身、情報をシェアする立場にある者として、ますます気が引き締まる思いもできたインタビューでした。
ヒプノセラピールーム ライトウインド