静岡県富士宮市にて、16年にわたってセラピストの育成を行っている「Aroma flow」の佐々木直子さんのセラピストライフを紹介します。
佐々木さんは、19年ほどのセラピスト歴を持ち、16年近くの指導歴の中で1500人以上の生徒に関わってきました。
そして、4年ほど前から、セラピストを対象としたセミナー事業に活動の軸を移しています。
現在は、富士宮市内の自宅の1階にある施術スペースか、あるいは出張して講座を開き、セラピストが独り立ちするために必要な技術や経営ノウハウを伝えています。
また、オンライン形式も取り入れており、柔軟な学びの場を提供しているようです。
セミナーには3つのカテゴリーがあり、その中に様々な実践的な学びが用意されています。
佐々木さんの指導スタイルの特徴は、1つは出張もしていること。
そしてもう1つは、すでに何かしらのセラピースキルを身に付けた方を対象に、個別指導をしていることです。
まず、出張に関しては、これまで北陸地方や関西地方など、様々な地域に出向き、講座を開いています。
また、生徒さんは、すでに基本的なセラピースキルを身に付けている方なので、佐々木さんが伝えているのは、結果を出せるようなスキルのブラッシュアップや、お客様に説明できるようになるための知識のアップデート、サロンや教室の開業・運営ノウハウなど、実践的な内容ばかりとのこと。
ただ、ゼロスタートではないために生徒ごとに必要な学びが違い、力量や予備知識も違うので、それぞれがきっちりと学べるようにと、佐々木さんはできるだけ個別対応をしています。
そのため、多岐にわたる授業内容から単発でも受講可能なように工夫されていて、スケジュールも生徒さんとのやり取りの中で柔軟に決めるようにしているそうです。
「私の自宅に授業スペースはあるんですが、静岡でも地方にあたります。ですので、遠方の方の場合は、交通費を掛けてこちらに来ていただくよりも、その交通費をいただければ私が行きますよ、というスタンスです。コロナ禍でなくても、小さなお子さんがいるとか、家事が忙しいなど、講習のために遠出できない生徒さんは意外といるんですね。あと、都心部から離れた所に住んでいる方は、勉強する場所が少ないという声もいただいています」(佐々木さん談)
一般的にスクールというと、場所や時間、カリキュラムなどがあらかじめ決められていて、生徒がそれに合わせるという形式が思い浮かびます。
ですが、佐々木さんの場合、場所も時間もカリキュラムも生徒の都合に合わせて変えていくというスタイルです。
なぜ、佐々木さんがこのようなスタイルで活動するに至ったのか、その経緯ともに、これまでの佐々木さんのセラピストライフを伺いました。
自分が積み上げてきたことを伝えていく
佐々木さんの前職は、学校の養護教諭。いわゆる保健室の先生です。
彼女は小学生の頃から、看護師のお母様から、人の体の仕組みについて教わっていたそうです。
それは、思春期を迎える娘に、性教育を含めて医学的に正しい知識を持ってほしいという、お母様の願いだったようです。
こうした教育方針もあり、佐々木さんは「人はどうやって産まれるのか」という人の成り立ちや、体の仕組みについて興味を持ち、「知りたい欲求」を満たしながら成長していきました。
そんな当時の彼女が将来の目標にしていたのが、看護師のような医療従事者になることでした。
ですが、病院実習の中で、自身が看護師には向いていないと佐々木さんは気付きます。
病や死と戦う患者さんと接するには、彼女の共感性は強すぎたようなのです。医療現場の現実を目の当たりにして、涙が止まらなくなることもあったとのこと。
こうした経験を経て佐々木さんが選んだ仕事が、学校の養護教諭でした。
保健体育や怪我の手当であれば、それまでに学んだ事が活かせると考えたのです。
しかし、赴任した小学校には、当時の佐々木さんのイメージとはまったく違う現実がありました。
大きな学校ということもあってか、いわゆる「保健室登校児」が8人もいたのです。
保健室登校児は、友人関係や家庭環境に課題があったり、精神的に不安定な児童も多いと聞きます。
保健室の先生になったとはいえ、まだ社会人に成り立ての佐々木さんにとっては難しい環境でした。
佐々木さん自身も次第に食が細くなっていき、仕事を楽しむことができず、気持ちも沈んでいってしまったそうです。
「自分を守らないと」と考えた佐々木さんは、受け持っていた児童たちを卒業させた後、職を離れ、しばらくの間、心と体の回復をはかろうと考えます。
その際に、これまでずっと自分自身のことを顧みていなかったことにふと気が付き、佐々木さんは人生で初めてエステティックサロンに足を運びます。
そこでエステティシャンから肌や化粧品についての説明を受けている内に、再び「知りたい欲求」が湧き出してきて、気が付けば佐々木さんはエステティシャンを質問攻めにしていたそうです。
すると、その様子を見ていた、そのサロンの役員から声を掛けられたそうです。「よかったら、明日からウチに勤めませんか?」と。
こうして佐々木さんはそのサロンに入社し、研修を経てエステティシャンとして働き始めます。
その後、アロマテラピーと出合い、今度は精油の成分や香りが体にもたらす影響に興味を持ち、アロマテラピーのスクールに通って学びます。
さらに、佐々木さんはエステティシャンとして働く中で、お客様から相談される肩こりや腰痛などの不調についても様々な改善法を学び、独立。
新築の自宅に施術室を用意して「Aroma flow」をスタートさせることとなります。
自宅サロンを経営し始めた佐々木さんに、いくつかの大手スクールから、インストラクターとして教壇に立って欲しいという依頼が来ます。
折しも習い事ブームで、アロマテラピーを学ぶ人も増えていた頃でした。
教員免許を持ち、医学的な知識も、サロンでの現場経験もある佐々木さんに白羽の矢が立ったようです。
「自分が積み上げてきたことを伝えることに抵抗はありませんでした」と笑顔で語る佐々木さん。
それ以来、インストラクターとして、12年間で1500人を超える生徒に関わることになります。
生徒たちの可能性を見出すと同時に、
こうして12年もの間、佐々木さんは自宅サロンの経営とスクールでの講師業を両立していましたが、当然、年月が重なってくれば少しずつ無理も出てきます。
さらに、これまでの経験を振り返るとともに、これからのセラピストライフを考える中で、佐々木さんは後進のセラピスト育成に専念しようと心に決め、現在の活動スタイルとなっていきます。
もし個人サロンセラピストと育成セラピストの両立が難しくなり、どちらか一方に力を注ごうと考えた時、いちセラピストとして個人サロンでお客様をお迎えするという選択をするセラピストは多いのではないかと思います。
しかし、佐々木さんは個人での後進の育成、しかもすでに何かしらのセラピースキルを身に付けたセラピストを対象とした講座を始めています。
その決断の背景にどんな思いが込められているのでしょうか。
そのことを訊くと、「比較的規模の大きい教育機関で12年間、講師として働く中で、学ぶ生徒たちの可能性を見出すと共に、ほんの少し心苦しさを感じていた、というのが理由の1つでしょうか」と、佐々木さんは正直に答えてくれました。
「スクールに入る時は、“ここを卒業したらそのままプロになれる”って信じて、多くの生徒さんたちは学び始めます。確かに基礎を身に付け、資格を得るためにスクールに通うことは、とても大切なことです。ですが、それだけでお客様の多様なニーズにすべて応えられるわけではないし、簡単にサロン経営を安定して続けられるわけでもないのです。スクールの卒業がセラピストとしてスタートラインに立ったに過ぎないことを講師の立場に立てば分かっているのに、限られたカリキュラムの中でしか教えられない。生徒さんたちの可能性を見出すと同時に、ほんの少しだけ心苦しさを感じていました」(佐々木さん談)
職務上果たすべき役割を職責というのであれば、セラピースクールと講師が果たすべき基本的な職責は、予定されたカリキュラムを生徒が学べる環境を作ることと、生徒が試験をクリアして資格を得られるように努力することだろうと思います。
それ以上のこと、例えば「卒業生がセラピストとして成功すること」など、決して約束されたものではないです。
つまり、必ずしも「スクール卒業・資格取得」=「セラピストとしての独り立ち」ではないのですが、その事をすべての生徒さんがはじめから理解できているとは限りません。
こうした現状は、「せっかくセラピーを学んだのだから、それを仕事や生活に活かして欲しい」と願う講師にとってはジレンマであり、佐々木さんもそのジレンマに悩まされた1人だったのです。
佐々木さんは、自身が講師として関わった生徒たちが、セラピストとして困難に直面していないかとずっと案じていたからこそ、新しい自分の活動を「セラピスト対象」としたということでした。
これからの方針について訊いたところ、「コミュニティ作りをしていきたいですね」と佐々木さんは笑顔で答えてくれました。
そのコミュニティでは、佐々木さんも、生徒さんと同じ目線で語り合い、1人ひとりが一員として自立して、互いに高め合えるような関係性を築いていきたいと言います。
「私は、社会人になってからずっと先生と呼ばれる立場にいました。ただ、これからは“先生”と呼ばれる人を中心にしたコミュニティでは限界があるのかもしれないと考えています。誰か1人をコミュニティのリーダーにすると、その他の参加者はリーダーの顔色を伺ったり、他責思考になりやすいのではないかと。コミュニティ参加者1人ひとりが、自分の考えを持って、自分を表現してほしいんです。私はリーダーとして引っ張るのではなくて、下から支える役割を担っていけたらいいですね」(佐々木さん談)
自分が常に教える立場である必要はなく、ときには教わる立場になったり、補助する立場になったりする。そうした柔軟性のあるコミュニティを佐々木さんはイメージしているようです。
佐々木さん自身は筋肉へのアプローチをセラピストたちに伝えることが多いそうですが、例えばコミュニティの中にハーブやアロマクラフトのような別の分野を得意としている人が参加しているのであれば、他の生徒とともに学びたいとも言います。
佐々木さんは、自身のセミナーに学びに訪れる生徒さんたちとコミュニティを築きながら、その中から佐々木さんも知らない分野での、まったく新しい知見が生まれることを望んでいるのかもしれません。
そう考えた時、なるほど、これも佐々木さんの「知りたい欲求」が原動力になっているのだな、と妙に納得できました。
校長からのメッセージ
佐々木さんの講座に、生徒さんが申し込むきっかけについて訊くと、現在のスタイルに移行してしばらくの間は、かつての教え子が多かったそうです。
ただ、そうした活動をホームページやブログ、SNSで発信していったことで、徐々に新しいご縁に繋がっているといいます。
「地味に広がってきました」と佐々木さんは笑います。しかしこのような新しい形での学びの提供なのですから、着実に実績を積み上げながら広げていくというのは、まっとうな形だと思います。
コミュニティ作りという点でいえば、参加する1人ひとりの目線の高さや価値感、共通認識の醸成が大切なので、1人ひとりに思いを伝える慎重さを優先する時期があってもよいのだろうと思いました。
さて、今回は、スクールを卒業したセラピストを対象にした、ブラッシュアップでの学びをメインの活動にしている、佐々木さんのセラピストライフを紹介しました。
日本でセラピストという仕事の認知が広がり始めてから四半世紀の間、初心者を対象にしたスクールがこれまで走り続けてくれたからこそ、ブラッシュアップをメインに据えた学びにニーズが生まれるわけですし、今後も必要性が増していくのかもしれません。
スクール卒業後に現場に立って、ようやく「ずっと結果を出してきた技術」の価値が分かるという訳です。
ブラッシュアップの学びの役割とは何かを考えてみますと、もちろん一義的には、学び直しの場であり、技術や知識など、自信がない部分を補強して実践的な力を付けることにあります。
しかし、もう1つ、ブラッシュアップの学びの重要な役割があります。
それは、「どうしてその生徒さん(セラピスト)が1歩踏み出せないのか」を考え、適切な学びやアドバイスをする場であるということなのではないでしょうか。
「もう少し技術力がつけば」「もっと知識を付ければ」「ちゃんと経営の勉強をすれば」と、どんどん学び続けても、いつまでもセラピストとして1歩も前に進まないタイプの生徒さんが、少なからずいます。
そうかと思えば、すぐに実践に移して、走りながら自分のスタイルを身に付けているタイプの生徒さんもいます。
この両者の違いについて「最終的には心の持ち方、メンタルなんですよね」と佐々木さんは言います。
「人を育てる。結局、取り組むべきところは、その心の部分なんじゃないかと思います。経営セミナーで課題を洗い出しても実行できない。SNSでの発信もすればいいのにできない。技術があっても、知識があっても、いろんなことで足踏みしてしまって、一歩踏み出せない人はいるんです。その場合、本当にしたいことが何なのかまで掘り下げないと動けないんですね。つまり、生き方や価値観にも関わる領域にまで、寄り添って一緒に掘り下げていくような姿勢が、人を育成する側に求められるんじゃないかと。ここ数年でそれが明確に意識できるようになって、すごく難しいところに足を踏み入れてしまったな、と感じています」(佐々木さん談)
もしかすると、1歩踏み出せないセラピストたちは、「技術や知識が十分になる」まで学び続け、「環境が十分に整う」まで待ち続けているのかもしれません。
しかし、技術や知識が十分になったり、環境が十分に整うことなんて、永遠にないかもしれません。
考えてみれば、10年以上のキャリアを持つセラピストたちがセラピーを学び、プロとして1歩踏み出した時期は、現在よりもずっと情報が少なくて、発信ツールも未発達で、セラピーの社会的な認知も低かったはずです。
それでも、それぞれが素敵なセラピストライフを歩んでいます。
つまり、いつの時代も何かしらの不十分はあって、その中で1歩前に進めるかどうかは、行動力の問題、佐々木さんの言い方を借りれば「メンタルの部分」に集約されてしまうのかもしれないのです。
そして2023年。現場で実力を発揮できるセラピストを育成すべく、アジャストメントキュアセラピー協会として新たなステージを踏み出そうとしています。
佐々木さんのように、心から生徒に寄り添える育成セラピストが、今後、ますます増えていくことで、スタート直後に挫折するセラピストはきっと少なくなるのではないか。
そんな期待をしながら、笑顔でインタビューを終えました。
Aroma flow
アジャストメントキュアセラピー協会