愛知県常滑市にて、6年にわたって自宅サロン「リンパデトックスサロンNextRoom」を営み、2021年から2店舗目のサロンを営んでいる、篠原美和さんのセラピストライフを紹介します。
篠原さんのサロンで提供されているのは、リンパドレナージュを中心に、フェイシャルエステやヘッドマッサージなどを組み合わせたメニューです。
彼女のサロンは、「アクティブに働く女性の疲労回復や癒しの場所」をコンセプトにしていて、30代後半から60代の、仕事に趣味にと日々忙しく過ごしている女性たちにとってのメンテナスとパワーチャージの場になっているそうです。
また、後に詳しく触れますが、篠原さんはエステサロンに長く勤めていた経験もあり、施術を受けた方からは「肌がワントーン明るくなった」「毛穴がスッキリした」と喜ばれるとのこと。
トリートメント中に9割のお客様が寝落ちされるということで、そんな時には、セラピストとしての手応えを感じるのだそうです。
きっと、手技だけでなく、サロン空間作りを含めたサロンワーク全体について、これまで研究と実践を繰り返す中で、ご自身のスタイルを作り上げてきたのでしょう。
「最初に勤めたエステサロンで、お客様に気持ち良かったと言ってもらうのがすごく嬉しくて、もっと上手になりたいと、ずっと思いながらやってきました。だから、今は自分のメンテナンスも兼ねて他のサロンさんに行く時には、施術をされる時の感覚だけじゃなくて、サロンの温度、空気感、おもてなし、トークまで、全部が勉強になるので、自分のものにしてやろうって思いながら施術を受けています。結局、最後は私も寝ちゃうんですけどね。」(篠原さん談)
自宅サロンが5年ほどで予約でいっぱいになり、さらに多くの女性に喜んでいただきたいと、6年目には駅の近くに2店舗目を出店した篠原さん。
それだけ聞けば、順調にセラピストライフを歩んできたように思えますが、実際にお話を伺うとずっと試行錯誤の繰り返しであり、2店舗目を出店してもなお、試行錯誤の最中にあるとのこと。
サロンをオープンさせる際の場所探しや資金調達についても話題になりましたので、この記事ではそれも含めてお伝えします。
全く違う分野の面接官からかけられた一言から
元々篠原さんは、美大を卒業後、広告のデザインやイラストを描く仕事をしていたそうです。
結婚を機に退職した篠原さんは2人のお子さんを授かり、しばらく育児に専念していたのですが、お子さんたちが保育園に入る頃に、何か仕事をしようと思い立ちます。
そこで彼女が見つけたのが、子ども向けイベント教室の先生の仕事。
篠原さんは美大時代に子ども絵画教室でアルバイトをした経験があったことから、その募集に応募して面接を受けたそうです。
ただ子育て中であることもあり勤務時間などの条件が折り合わず、残念ながらその仕事に就くことはできませんでした。
しかし、この時の面接が、思いもよらず、彼女にセラピストの世界に入るきっかけを運んでくることになります。
「面接官の方から、直接不採用のお電話をいただいたのですが、その時にエステサロンで働いてみませんか?というご提案をいただいたんです。その方の娘さんがエステサロンのオーナーをされていて、面接を受けた時の私の印象から“接客業ができそうだ”と思われたようです」(篠原さん談)
面接官が別の仕事、それも応募した分野とはまったく違う仕事を紹介してくれるなんて話、私はこれまで聞いたことがありません。
しかも、身内(娘さん)のサロンを紹介するというくらいですから、よほどその方が篠原さんの人柄を気に入ったのでしょう。
篠原さんはエステサロンという提案を聞いて、20歳くらいの頃に通ったことがあったことを思い出しながらも、「私に出来るかな?」と思ったそうです。
それでも、声が掛かったことに何かご縁を感じたのでしょう。篠原さんはそのエステサロンに勤めることになります。
こうして篠原さんが勤め始めたのは、大手化粧品メーカーの傘下にあり、フェイシャルエステを提供しながら化粧品をお勧めするエステサロンでした。
実際にやってみてどうでしたか? と私が聞くと、「メイクがすごく楽しくて、ハマっちゃいました!」と篠原さんは笑顔で答えてくれました。
美大出身ということもあり、篠原さんはお客様のお顔に「色づけしていく」ことから興味を覚えて、「来た時とは別人のように綺麗になって帰っていただくこと」に面白味を感じたとのこと。
そしてお客様から「気持ち良かった!」と喜ばれることに手応えを感じて、エステスキルを磨きたいという思いを強くしていきます。
篠原さんは、そのエステサロンに4年ほど勤めた後、移籍した別のサロンでリンパドレナージュやヘッドマッサージなども身に付けたそうです。
その後、当時勤めていた美容院を辞めて、数人のセラピストとともに「女性の為の小さな複合施設」を立ち上げようと計画したそうですが、残念ながらその計画は頓挫してしまいます。
仲間と活動する計画は実現しませんでしたが、すでに篠原さんの中には「自分のサロンをやろう」という気持ちが湧いていて、自宅にサロンを開くことを決意します。
準備期間はわずか2週間。ベッド、ホットボックス、タオルだけを用意してのスタートでした。広告も出さず、ブログやフェイスブックで発表したくらいだったそうです。
やるぞと決めたらすぐに動きたくなる
こうして、2015年5月に篠原さんの自宅サロン「リンパデトックスサロンNextRoom」はオープンしました。
開業当初は半額キャンペーンを打ったことで、2ヶ月の間は友人知人が来てくれて予約が埋まったとのこと。
しかし、そのキャンペーン期間が過ぎると、立地が最寄り駅から徒歩で40分もかかる場所だったこともあってか、客足はまばらになっていったそうです。
地道にブログを毎日続けたことで、新規客が興味を持って訪れてくれることはあっても、なかなかリピーターとして定着せず、開業から何年もの間、経営的には低空飛行が続いたそうです。
そして、開業から3年ほど経った頃、篠原さんは一念発起して費用を捻出し、経営の勉強を始めます。
「経営を学ばずに自宅サロンを始めたので、全然安定してなくて。新規で来てくださる方はいたんですけど、リピーターさんの重要性も、リピートしてもらう方法も分かっていなかったので、サロン経営はずっと低空飛行でした。今振り返ると、メニューも価格も宣伝も全てがめちゃくちゃでしたね。3年目にようやく経営を学びに行きまして、初めて数字と向き合いました。そこでリピート客の重要性を学んだことも、かなり大きな転機となりました」(篠原さん談)
経営者として必要なスキルを身に付ける一方で、篠原さんは他のサロンにも積極的に施術を受けに行き、良いところをどんどん取り入れていきました。
ネット上のクチコミも高評価になっていったそうです。
学びながらサロン運営を徐々に改善していき、新規客をリピーターに育てていく。
その地道な繰り返しによって、開業から5年目にリピート客が7、8割ほどになり、新規客を含めてご予約がいっぱいになったとのことでした。
こうしてサロン運営が安定する中で、新規のご予約をお断りせざるを得ないケースが出てきたこともあり、篠原さんの中に2号店を出そうという気持ちが湧いてきました。
「やるぞと決めたら、すぐに動きたいタイプ」だという篠原さん。サロンワークをこなしながら、不動産業者と銀行を巡り始めたそうです。
篠原さんが粘り強く探したことと、良いご縁があって、融資を受けられるようになり、場所も常滑駅の近くで一つのスペースを借りることとなります。
しかし元々はガレージだったところだそうで、建築会社を探しリノベーションしてサロンを作ったとのこと。
そしていよいよスタッフを募り、2021年5月に『とこなめ駅前店』をオープンしました。
以前の経験を活かして、フリーペーパーやチラシに掲載してもらい、オープニングキャンペーンも打ったとのこと。
その効果もあって、キャンペーン期間には多くのお客様にご利用いただけたそうです。
ただ、篠原さんはサロンオーナーとして、自宅サロンの運営とは違った難しさに直面します。
それは、篠原さんの施術を楽しみにしている方に対して、必ずしもご希望に添えないことです。
残念ながら、キャンペーン期間が過ぎると2号店のお客様は減っていき、自宅サロンから2号店に移っていただいたお客様も離れてしまったのです。
当然、スタッフの人件費とテナント料などの固定費が月々掛かってきますので、お客様が減ってしまえば、早晩、経営が成り立たなくなります。
篠原さんはスタッフと話し合いながら店舗運営を模索したのですが、その中でスタッフも離れていってしまったそうです。
「振り返ると、私の考えが甘かったと思います。自分が前に出なきゃいけない期間に、スタッフに任せて、私が後ろに下がってしまった。今思えば、それが失敗だったと思います。ネットのクチコミにも厳しいコメントをいただきましたし、リピーターさんもなかなか取れない状態でした。固定費にもびっくりして、ここで舵を切らないと数か月後には潰れてしまうと、恐怖を感じました」(篠原さん談)
まさに、多くのオーナーセラピストが経験する難しさです。
そもそもオーナーセラピストが施術できる人数に限界が見えたからこそ、より多くのお客様に癒やしの時間を提供するために店舗を増やし、スタッフにも来てもらう。
一方で、本店の評判はオーナーセラピストが積み上げてきた実績なのですが、それを期待して2号店に来店されたお客様にとっては、いわば肩すかしになってしまうのです。
スタッフがオーナーセラピストと全く同じように動けるわけではない、というのは、スタッフを抱えるサロンの多くでも悩みどころでしょう。
特に、自宅サロンでやってきた篠原さんにとって、人件費+テナント料+電気水道費etcという経費増も相俟って、大きなプレッシャーとなったことと思います。
結果的に2号店の運営はバランスを崩し、スタップも離れ、お客様に残念な思いをさせてしまったことを、篠原さんは申し訳なく思いつつも、この経験を活かしていきたいと語ってくれました。
育成する立場として新たなステージに
そして現在、2号店の運営は、篠原さんの妹さんがスタッフとして支えています。
実は、2号店を出すことを決める以前から、篠原さんは将来的に教える側になる可能性も考えて、15歳下の妹さんを生徒役として施術を教えていたのだそうです。
妹さんはアパレル関連で店長を6年ほど経験していて、仕事から離れていたタイミングだったこともあり、「ちょっとずつ教えて、だんだん巻き込んだ感じです」と、篠原さんは笑顔で話してくれました。
今は、篠原さんが新規のお客様を担当し、お客様とコミュニケーションを取りながら、徐々に妹さん受け持ちを増やしていくという流れで、リピーターさんが徐々に増えているそうです。
「とこなめ駅前店を軌道に乗せることが今の目標ですが、同じビジョンを持った方との良いご縁があれば、一緒にやれたらいいなと思います。過去の経験を踏まえて、もっと細かい部分まで丁寧にじっくり教えたいですし、いずれはセラピストの育成もできればと考えています」(篠原さん談)
当たり前のことですが、スタッフはオーナーセラピストのコピーにはなれません。
ですが、一人前のセラピストに育てることはできます。もちろんそれは、一朝一夕ではできません。
大切なお客様をお任せできるスタッフを育成することの難しさ。それは、スタッフを抱えるすべてのオーナーセラピストが痛感してきたことだろう思います。
しかし、その難しさを知ることで、育成する立場としての新しいステージに進めるのかもしれません。
「店舗経営は土台づくりが大切だということを、2号店をオープンして改めて思いました」と笑顔で振り返ってくれた篠原さん。
サロンの立地や設備だけでなく、そこで働くセラピストもまた、サロンを支える大切な土台であることを経験を通して学んだ篠原さんが、今後どのような「育成セラピスト」へ進化していくのか。それを楽しみにインタビューを終えました。
校長からのメッセージ
今回のインタビューでは、自宅サロンの立ち上げに加え、スタッフを雇っての店舗サロンのオープンの難しさについて伺うことができました。
自宅サロンの経営ノウハウが、店舗サロンにそのまま当てはまるわけではない、という事例だったかと思います。
本文でも触れましたが、自宅サロンと店舗サロンでは、維持費を含めて運営コストがかなり違いますし、スタッフを雇うとなれば尚更です。
篠原さんの場合、2店舗目オープンの2ヶ月後に方針転換の必要性に気が付いたという点で、素晴らしい決断だったように思います。
最初のイメージに固執しすぎるあまりに、追い詰められてしまうケースだって考えられるからです。
さて、2号店として店舗サロンをオープンさせる上で大切なことを聞いたところ、「場所探し」と「資金」についての話題になりました。
まず、場所探しについて。篠原さんの場合、自宅サロンが最寄り駅から徒歩40分で、しかもかなりの上り坂を登った所にあるとのことで、2号店は交通の便が良い場所を探したそうです。
ただ、住居目的のアパートやマンションは、不特定多数のお客様が出入りすることを禁止している物件が多く、サロンとして使用できる物件が思った以上にないのが実情です。
都心部ならまだしも、地方都市になるとさらに厳しくなります。
つまり、それだけマンションの一室で小さく始める、という方法がとりにくいというわけです。
篠原さんの場合、すでに他の店が入っている建物の、裏手にあるガレージを改装するという形で、駅から徒歩5分という好立地を探し当てたというのですから、妥協せずに探したことに加えて、相談に乗ってくれる不動産業者と繋がれたのだろうと思います。
次に、もう1つの要素である「資金」についてです。
篠原さんは「本当に借りられるんだろうか」と緊張しながら、金融機関を回ったそうです。
その中で、よい担当者さんに巡り会い、丁寧に教えてもらえたとのこと。
自宅サロンを6年間やってきた実績もあってのことだと思いますが、結果的に銀行と日本政策金融から設備資金と運転資金を借りることができたそうです。
ただ、事業計画書も書いたそうですが、実際には計画通りには行かなかったとのこと。
特に、ガレージを改装してサロンにする際に、いろいろと追加する必要が出てきてしまったといいます。
また、運転資金は半年分くらいを置いておくつもりだったのが、スタート時には3、4ヶ月分くらいになっていたそうです。
こうしたお話は、これから開店準備をするセラピストにとって、とても参考になるものだろうと思います。
今回お話を伺って、篠原さんのおっとりした印象と、彼女の行動力のギャップに驚かされました。
篠原さん自身も「私、ブルドーザーなんで」と自己分析をしていましたが、やると決めたらどんどん行動に移していくというのも、彼女の強さなんだろうと思います。
その行動力が、的確にアドバイスをもらえる人に繋がれる要素にもなったはずです。
加えて、アドバイスを受け入れる素直さも、失敗を認めて次の活かそうとする態度も、とても大切な要素だと思いました。
失敗を恐れて慎重になりすぎて、なかなか前に進めないという話は、セラピストに限らず日本人にはよく耳にする話です。
そうではなくて、「よし、やってみよう」と心に浮かんだら実行に移して、経験を積みながら軌道修正をしていく。そんなブルドーザーなやり方だからこそ拓ける道もあるのではないか。
そんなことを考えたインタビューでした。
NextRoom